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第5話 二人きりのティータイム

Auteur: フクロウ
last update Dernière mise à jour: 2025-10-16 19:12:42

「ふぅ……終わったよ。ティナ。そっちはどうだった?」

 私は、淹れたばかりの紅茶を王子の座るテーブルに2人分置いた。心のうちを読み取られないように固い表情のままに王子の質問に答える。

「お疲れ様でした、王子。成人の儀は滞りなく終わったようで。こちらも首尾よく終えることができました」

 本当はまったく順調じゃないけれど……。ただ、客観的に見れば城内に侵入した賊を一網打尽にしたことになっている。

「そうか──」

 重い鎧を脱ぎ捨て簡素な召し物に着替えた王子は、さっそくイスに座るとティーカップを持ち上げた。

 私の入れた紅茶が王子の柔らかそうな唇を経由し、口の中に入っていく。気づかれないようにそっと根詰めていた息を吐くと、私も紅茶を口にする。

「美味しい」

「ありがとうございます」

 その言葉だけで救われる気持ちになった。とりあえず、今、私が王子とともにいる状況は変わらないのだから。

 王子はティーカップを置くと、心配そうに視線を合わせてきた。うぐっ……く、至近距離で二人きりで──あー落ち着けティナ!

「──でも、報告だと牢屋に賊が入ったって」

 目は逸らさない。真面目な話題だ。平静を装って受け答えしなければ!

「は、はい。ですが、予想はできていたことだったので、適切に対処致しました。幸い死者は出ておりません」

 ウソは吐いていない……か? 記憶がよみがえり、賊の予想ができていたのは本当だし。

「そうか。だけど──」

 王子はなぜか神妙な面持ちで私を見た。瞳の中に多少の揺らぎが見える。

 ま、マズい! この後の記憶、見たことがある! 王子は私を──。

「ティナ。君は無事なのか? ケガなどはどこにもなく?」

 そう、心配してくれたんだ! 王子が私を気にかけてくれている! ふだんニコニコしているだけに、真面目な顔に切り替わる瞬間のギャップがたまらない──じゃない。

「はい。問題ございません」

 私は表情を変えずにそう答えた。

「そうか。それならいいんだけど」

 ホッとした顔をすると、王子はまたティーカップを手にしてゆっくりと紅茶を味わっている。

 あぁ。ずっとこうして向かい合って紅茶を飲んでいたい。できれば他愛もない話をしたり、声を出して笑い合って時を過ごしたい。

 でもしかし、私は秘書官だ。これから始まる王子の公務を滞りなくサポートするのが私の役目。王子への思いも、この不可思議な記憶も決して悟られるわけにはいかない。

 私は咳払いを一つすると、用意していた資料を取り出した。記憶を探るよりも明日の確認が先決。

「さて、王子。さっそく明日からの予定が入っています」

「う……お手柔らかに頼みます」

 困った顔もかわいい。

「はい。まずは、城下町の視察。これは、王子が成人を迎えたことを国中に知らせるとともに何か異常はないか、不満はないか王子自らの目で確かめるために行われます。それから、午後には各大臣との会議、夜には貴族の皆様との晩餐会が──」

「あーちょっと、待って」

「はい。いかがなさいましたか?」

 王子はティーカップをお皿の上に置くと、手の指を突き合わせて軽く目を瞑った。これは、王子が何かを深く考えているときに出る仕草。

 私は資料を机の上に置いて、紅茶を口に含んだ。甘みのなかにあるほのかな苦みが舌の上を転がっていく。

 王子は目を開けた。

「明日の視察だが、お忍びで行くことはできないだろうか?」

 その提案を、私はすぐに答えることができなかった。この先の記憶を思い出してしまったから。

 提案を飲めば王子が襲撃される。賊などよりもっと恐ろしい存在に──。

 目を少し細める。いったい、どう答えたらいいんだ?

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